「好きな作家は?と問われたら、迷わず司馬遼太郎と答えるね…」
大学2年の春。ひとりの友達が外国映画みたいな言い回しで、語っていたのを思い出した。
読書嫌いなぼくは「誰ですかそれは?」と内心思いつつも、
「あーなるほど、遼太郎ね、いいよね、司馬ね……」
と、必要以上にポップな声と表情で適当に返した。
しかし、そこから彼は延々と司馬遼太郎の魅力を語りはじめ、それは次の日も続き、その次の週末まで続いた。めっちゃウザかったけれど、彼の瞳はこれでもかってくらいピカピカに輝いていた。
その情熱と彼の独特の語り口があまりにもしつこいので、ぼくはとうとう「オススメは?」と、読書好きに対して軽はずみに言ってはいけない禁断の言葉を発してしまった。
そしたら彼は120%出し切った感のあるニヤついた表情で、
「オススメなんかないさ。全作品が完璧なのさ」
「彼の作品は1作1作、いや1センテンス1センテンスが我が国の宝だね」
と再び外国映画みたいな言い回しで、ドヤついた。
ウザいことこの上なしだ。
「しかしだ、司馬初心者の君に、あえて、あえてひとつオススメするなら…」
そう言って彼が差し出したのが、いま絶賛映画公開中の『峠』という作品だ。
主人公は誰?織田信長?坂本龍馬?と質問したぼくに、彼は待ってましたとばかりにこう答えた。
「ご存じ、河井継之助さ……」
え、誰?有名?と素直に聞いたら、
「まーぼくたち界隈ではメジャーだよ」と返してきた彼。
界隈……極めてウザかった。
何時代の話なのか?舞台はどこなのか?本当に初心者向きの作品なのだろうか?
山積みの疑問を無理やり飲み込み、とりあえず、彼に上巻だけ借りて読んでみることにした。
めっちゃ面白い…
いや、これはやばい…
ドヤついた彼の気持ちがわかる…
めっちゃ面白い…
一気に上巻を読み上げ、中巻と下巻をすぐに買いに行った。
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ざっくり言うと、幕末の混乱期に、そこまで身分は高くないけれど、めっちゃ優秀な武士の河井継之助という人が、自身が身を置く長岡藩をその頭脳と抜群の行動力で何とか守りぬこうとするお話。
特にぼくが惹かれたのは、官軍と幕軍のどっちかにつかざるを得ないような時勢の中、どうにかこうにか中立を貫こうとした、その発想と決意。
とにかく、継之助がめっちゃカッコいい!
映画も絶対観るが、その前に久しぶりに小説を読み返してみようと思う。1ページ開く度に、大学時代の友人の顔が浮かんでしまうのは癪だが、彼のおかげで『峠』や司馬遼太郎に出会えたのも事実。『峠』を読んで以来、ぼくも司馬遼太郎の小説にハマった。『関ヶ原』や『燃えよ剣』みたいに、近年映画化された作品も全て観ている。
好きな小説家は?
そう問われたら、いまやぼくも、迷わず「司馬遼太郎」と、ドヤついた顔で答える側の人間なのだ。